- ブナハアカゲタマバエ と ブナハアカゲタマフシ -
GWに金剛山の山頂道路を散策していた時、ブナの木に小さな”赤い実”を見つけました(写真1)。白い綿毛がサクマのドロップのようで、思わず一つ口に入れて見たくなる可愛さです。(食べないでくださいね!)
実際は、この”赤い実”はブナの実ではありません*1。タマバエの仲間が、幼虫を乾燥や外敵から守るためにブナに作らせた”ゆりかご”で、虫こぶ*2(または虫えい)と呼ばれます。成虫がブナの葉に特殊な物質を注入し、ブナがその物質と”ゆりかご”の中で育った幼虫の摂食に反応して、虫こぶを作るわけです[1]。この赤い虫こぶは、ブナハアカゲタマフシ<ブナ+葉+赤+毛+タマ(癭:こぶの意味)+フシ>と呼ばれ、ブナハアカゲタマバエによって作られます[2]。
木の下に虫こぶがついた葉っぱが落ちていました。少し日が経ったからか、ドロップが梅干しに変わっていましたが、虫が抜け出たような穴は空いていません。周りを削っていくと、葉の主脈に沿って芯のようなものが残りました。この固い芯に幼虫が守られているのかな?(写真2)
ところで、私はこの道をよく歩いてましたが、今まで赤い虫こぶを見かけたことがありません。その理由は、虫こぶが急速に成長したのち脱落するので[3]、虫こぶが毎年同じ場所に現れたとしても、時期が限られていたからのようです。地面に落ちた虫こぶの中にいた幼虫は地上で夏、秋、冬を過ごして翌春に蛹(さなぎ)になり、ブナが一斉に葉を開き始める頃*1に羽化して若葉に産卵し、わずか数日で成虫の寿命を終えます[4]。雪の金剛山で長い冬を越し、ブナの新緑の頃に、人知れず美しい"赤い実"をブナに実らせて、寿命を終えるタマバエは、初夏の妖精のようです。
もうひとつ、思い当たる理由があります。私が初夏にこの道を歩くときは、ブナの大木の若葉や花を楽しんでいました。今回、赤い虫こぶが付いていたのは、高さ3m位の若いブナだったので(写真3a)、気づかなかったのかもしれません。もしかすると、タマバエは若いブナを選んで卵を産み付けているのかもしれません。
ブナは成長が遅くこの高さだと5~10年はかかってそうです。せっかく育ったブナの若木も、1/4くらいの葉っぱに虫こぶが付いていて(写真3b)、ちょっと心配です。また、この道を歩いたときに、ブナの様子も見ておきます。
(ます 2023/5/6)
追伸:5/28にブナの木を様子を見てきました。
ブナは前と変わらず葉っぱを茂らせていましたが、葉っぱに赤い虫こぶは全く見あたりません(写真4)。虫こぶは葉っぱから落ちたと考えられるのですが、地面にも赤い虫こぶらしきものは見あたりませんでした。いくつかの葉っぱに、虫こぶの殻や跡らしい穴がありましたが、別の種類の虫こぶのようです(写真5)。ともかく、ブナの若木は元気そうでひと安心。
(ます 2023/06/04)
【より深く知りたい方へ】
*1 ブナの花と実
金剛山ではブナは4月の終わり頃に葉を広げ、少し遅れて花を咲かせます。枝の上についている丸いのが雌花、枝からぶらさがっているのが雄花です(付録写真1a)。雌花がうまく受粉すると、秋にどんぐり状の実をつけます(付録写真1b)。
また、ブナは1年に一度、葉を一斉に広げる一斉展葉型の樹木で、ブナハアカゲタマバエもこれに合わせて年一世代の生活史を持ちます[4]。
*2 虫こぶ
自然の不思議コーナー No.76 の補足説明*2で虫こぶについて簡単に説明していますので、参考にして下さい。
https://www.japan-parkranger.com/column/wonder/no-76-ヌルデの虫こぶの穴-1/
府民の森でよく見られる虫こぶも掲載しています。エゴノネコアシフシやヌルデノミミフシは、虫が抜け出したあとも虫こぶが残るので、目に付きやすいです(付録写真2)。ちょっとグロテスクですが。
【参考文献】
[1]湯川 淳一,日本虫えい図鑑,全国農村教育協会 1996/6/1
[2]佐藤 信輔、津田 清、湯川 淳一,九州における春期羽化産卵性ブナタマパエ類の衰退, 日本環境動物昆虫学会 21巻 第1号 7-13(2010)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjeez/21/1/21_7/_pdf
pp7-13 表1の虫こぶと虫こぶを作る虫の対応付けを参考にしました。
[3]犀川 陽子,近縁種が織りなす寄生関係のケミカルエコロジー多様性の科学的解明,科研研究成果報告 H25/3/31
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/KAKEN_22603009seika.pdf?file_id=75367
論文の主内容とは関係がないのですが、ブナハアカゲタマフシの生態について書かれた文献がなく、①虫えいの観察の部分を参考にしました。
[4]湯川 淳一,ブナとイヌブナに中えいを作るタマバエ類,森林防疫 VOL.40 No.11 1991 pp2-9 2.(4)生活史
https://forest-pests.sakura.ne.jp/backnumber/files/vol40/40-11.pdf
ブナのような落葉広葉樹に虫えいを作るタマバエの生活史について言及されていますが、ブナハアカゲタマバエ固有の生活史については言及されていません。この記事では、 落葉広葉樹に虫えいを作るタマバエの生活史が当てはまるものと考えて、記載しました。