■ 口があいたキノコ
くろんど園地の尾根道でおもしろいキノコをみつけました。枯れたマツの木にクリのようなキノコがたくさんついています(写真1)。下からのぞくとキノコに小さな口があいてます(写真1(b))。こどものキノコもありました、真珠のようにまん丸でつやつやです(写真1(c))。こどものキノコは、成長すると茶色になり、下半分は茶色い皮がはがれて、口があきます。口が一つあることにちなんで、ヒトクチタケと名づけられました(*補足1)。
■ 口の中はどうなっているかな?
少し干からびたヒトクチタケを半分に切ってみました(写真2(a))、カッターナイフを使っても結構硬いです。それ以上に、魚の干物のようなにおいが強烈です。下半分くらいは空洞になり口とつながっています。空洞の天井にあたる部分は、管孔(かんこう)と言う、チューブ状の器官の集まりです。管孔では胞子が作られ、空洞に接する部分から胞子を放出します。写真2(a)ではチューブの断面が筋のように見えています。
■ 口の中で暮らす虫たち
別の場所で、ヒトクチタケをとって、ビニール袋に入れておきました。しばらくすると、ゴミムシダマシ(*補足2)のなかまが2匹でてきました(写真3)。よく見ると、右後ろ足あたりに白いものが付いています。ゴミムシダマシは朽木やキノコなどを食べる小さな虫です。空洞に入ってキノコを食べた時に、胞子がついたキノコのかけらをくっつけたのかもしれません。
ヒトクチタケには、強いにおいにおびきよせられて、朽木やキノコを食べる多くの種類の昆虫や、その昆虫を狙ういきものが訪れます。その中には、カブトゴミムシダマシ(*補足2)のように、ヒトクチタケの中に卵を産み付けて、幼虫、さなぎを経て成虫になるまでヒトクチタケで過ごして、外に出ていく虫もいます(参考文献1)。
■ ヒトクチタケをめぐる、いきもののつながり
ヒトクチタケの胞子は、口の中で暮らす虫たちによって、別の場所や別の木に運ばれているようです。胞子は、口から風に乗って別の場所にも運ばれますので、胞子を運ぶのは虫だけではありません(*補足3)。しかし、口と空洞、独特のにおい、ヒトクチタケで一生の大部分を過ごす虫の存在は、ヒトクチタケは、「小さな部屋と食べものを用意して、虫たちをもてなしている」ように思えてしまいます。
また、ヒトクチタケのような腐生性のキノコは、風雨や病気、寿命などで弱った木を分解して、大地に返す、重要な役割を担っています(*補足4)。
松の木にヒトクチタケを見つけたら、以下の注意事項を参考にして、形、におい、口の中の虫たちを観察してみて下さい。
<ヒトクチタケ観察時の注意事項>
・ヒトクチタケは、枯れた松に発生します。木が弱っている状態ですので、枝が落ちてきたり、幹によりかかると倒れることがあるかもしれません。松の木に近づく前に、木の様子を十分に注意してください。
・ヒトクチタケを訪れる虫の中には、ハネカクシのように、体液が皮膚に触れると炎症をひきおこす虫がいるとの報告(*補足5)があります。念のため、ヒトクチタケの中にいる虫を観察する際には、ヒトクチタケをビニール袋で覆うようにするほうが安全です。
・ヒトクチタケは食用には適しません。
・大阪府民の森では、みだりに植物の採取や、動物の捕獲を行う事が禁止されています。
【補足説明】
* 補足1 ヒトクチタケ
アカマツやクロマツなど、枯れた松の側面に発生し、木の有機物を分解して栄養とする腐生性のキノコ。枯れ始めて1年目とか2年目とかに発生するという説がある。
4月から10月頃にかけて成長し、傘の大きさは2~5cmくらいになり、多孔質で硬質な皮をもつ。傘の上面は光沢のある茶色、下面はクリーム色で数mm程度のまるい穴が一つあき、胞子を放出する。干した魚や松脂のような強いにおいを発して、様々な甲虫類が集まる。
* 補足2 ゴミムシダマシとカブトゴミムシダマシ
ゴミムシダマシは腐植や菌類などを食べる小さな虫で、黒っぽく、あまり特徴のない地味な外見をしています。都心や住宅地でも普通に見られて、空地や花壇の暗い所に潜み、ゆっくりと動きながら菌類を食べて暮らしています。ゴミムシダマシの名前に含まれる、ゴミムシは、対照的に捕食性で動きが速い虫です。
カブトゴミムシダマシについては、下記の、広島大学のデジタル博物館のHPを参照下さい。
https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~main/index.php/カブトゴミムシダマシ_広島大学東広島キャンパス
* 補足3 ヒトクチタケの胞子散布
キノコは、胞子で繁殖する菌類が、胞子を生産・放出するための成長させた子実体です。ヒトクチタケの胞子の散布については、昆虫による散布の報告(参考文献1)と風による散布の報告(参考文献2)とがあり、どちらが有効であるかについてはまだ解明されていないようです。
*補足4 三重県環境学習情報センター,【特集】キノコ~生態系を支える菌類-4-
http://www.eco-mie.com/forum/center/paper/2010/autumn/05.pdf
*補足5 ヒトクチタケ【とよあけの自然】,豊明市
https://www.city.toyoake.lg.jp/2072.htm
「強い毒を持っており、刺されるとハチよりも危険」と書かれています。おそらく、アオバアリガタハネカクシ(https://ja.wikipedia.org/wiki/アオバアリガタハネカクシ)のことではないかと思います。
【参考文献】
1)SETSUDA Ken-ichi,
Ecological Study of Beetles Inhabiting Cryptoporus volvatus (PECK) SHEAR (II) Relationship between Development of the Basidiocarps and Life Cycles of Five Major Species of Beetle Inhabiting the Fungus, with Discussion of the Spore Dispersal,
昆蟲 63(3), p.609-620, 1995-09-25
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10654919
ヒトクチタケの成長過程と訪問昆虫を関連付けた調査に基づく、昆虫による胞子散布の報告、ヒトクチタケの専門昆虫としてカブトゴミムシダマシについても記載されています。著者は岐阜県博物館の方なのですが、残念ながら英文の報告しかありません。
2)山下 聡,木材腐朽性担子菌類と菌食性昆虫の生物間相互作用
-胞子分散における昆虫の役割-,日本生態学会誌,63,p327-340,2013
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/63/3/63_KJ00008993946/_article/-char/ja/
これまでの研究報告を整理した結果、風散布と昆虫散布の両方が起こっているが、昆虫散布を強く支持する理由は見つからないとしている。
<ます 2021/07/23>